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月周回衛星「かぐや」

月周回衛星「かぐや」

 かぐや姫はいいました

 「私の願いを叶えてくれた方に、私はお仕えしたいと思います」

彼女は石作皇子に壊れない推進系システムが欲しいといいました。
車持皇子には「月の裏側から通信が出来るシステムが欲しい」と。
つづけて右大臣阿倍御主人には複雑な月軌道の熱条件でも耐えられる熱防御系
大納言大伴御行には3トンの衛星を月に打ち上げられるロケット
中納言石上麻呂には38万キロ彼方との通信が可能な超長距離通信アンテナを
作ってくだされといいました。

「出来ないはずがないでしょう」かぐや姫の言葉に公家達はあきれてしまいました。
それら皆この世界に存在しない伝説のものばかりなのですから。

そうは言ったものの、それでもなお彼らは考え続けます。

  「彼女をモノに出来ないのなら生きている意味も無いと」


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 「かぐや」は今この瞬間も月を回っている月周回衛星。全長4.8m重量3トンという大型の船体に15の観測装置を搭載した「かぐや」はアポロ計画以降の月探査プロジェクトとしては最も大掛かりなものです。搭載された様々な観測装置は月の謎を過去のものとし、彼女に託されたハイビジョンカメラは日本人のみならず世界中の人々の「月のイメージを」を塗り替えました。現在縦横無尽の活躍を続ける「かぐや」ですが、実はその生い立ちは決して恵まれたものではありませんでした。


彼女がこの世に生を受けたのは1990年代後半のことでした。「LUNAR-A(ルナA)」計画の次なる月探査計画、「SELENE(セレーネ)」計画として開発が認められた「かぐや」。初期案の彼女は、規模でこそ現在と替わりませんが、その設計は船体後部に月着陸船を備えた意欲的なものでした。全体が人工衛星特有の金色の断熱材で覆われており、その構成は子衛星1+本体+着陸船という3位合体衛星。なんともバブルな雰囲気を漂わせる探査機だったのです。

しかし月の女神の名前を冠した「SELENE」計画といえど世俗の流れと無関係とはいきませんでした。2000年前後にたて続けに発生した大型衛星の喪失や打ち上げの失敗が彼女の運命を大きく変える事になります。当時のNASDA(宇宙開発事業団)では大幅な組織、計画の見直しが行われ、リストラの手は「かぐや」にまで及びます。「かぐや」自慢の着陸船はリスクが大きいとして計画から外され、その代わりに子衛星を1機追加。この見直しにより彼女の容姿はほぼ現在の姿へと落ち着きます(この着陸船の廃止があったからこそ、彼女へのハイビジョンカメラ搭載の余地が生まれたわけですから世の中分からないものです)。

設計の見直しが行われスリムとなった「かぐや」ですが、実はプロジェクト自体、あまり良い状況では有りませんでした。アポロ計画が終了した今、月探査の必要が認められないとして彼女は総合学術会議で酷評されるほどの状態だったのです。減らされた予算を嘆き筑波宇宙センターのクリーンルームから月を見上げる「かぐや」。しかし失意の姫君に対して、唐突に救いの手が差し伸べられます。2004年1月に発表されたアメリカの新宇宙探査計画の中で、彼の国はアポロ計画以来の有人月探査構想をぶち上げたのです。世の流れは変わり、ここに第二次月レースが始まりました。

前回の「The Moon Race」は米ソの二カ国でしたが今度は状況が違います。アメリカ、ロシア、中国、インド、ヨーロッパ、そして日本。現在は様々な国が星の世界へ手を伸ばす手段を獲得しており、各国各様に月を目指し始めたのです。開発の遅れや国内の無理解からノロノロとしか進んでいなかったSELENEプロジェクトが、「かぐや」が、一気に先進国で行われる月レースのトップランナーに躍り出ることになったのでした。彼女は驚きます、プロジェクト中止をおびえていた自分が、いつの間にやら世界の天文学会の注目を集める存在となっていることに。


2007年3月26日、午前零時、筑波宇宙センター。育ての親たるスタッフが見守る中で、「かぐや」を乗せた車列がしずしずと動き出しました。みんなが寝静まった町を、大型のトラックを何台も従えて、彼女の月への旅がはじまります。

「かぐや」の旅は順調そのものでした。9月14日に地球の重力を飛び出し月へ向けての2週間の航海。10月4日6時20分、彼女はついに月の軌道に到達しました。日本最古の物語といわれる竹取物語に登場する「なよ竹のかぐや姫」。自らを月の都の人と名乗った彼女の物語が、1000年の時を経てようやく現実のものとなったのです。一つ残念なのは、その偉業を報告すべき詠み人が誰であるのか現在では誰にも分からないということ。

「かぐや」は現在も世界中の天文学者の夢と羨望を抱えて月の観測任務についています。託されたハイビジョンカメラで生まれ育った地球を撮影しながら、彼女は何を思うのでしょうか。

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