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HYFLEX

HYFLEX

海の向うの超大国には、宇宙と地球を自由に行き来する、翼のある船があるという。

人が乗り翼を持ち、宇宙空間から鳥のように舞い降りる有人宇宙船、スペースシャトル。
その夢を、その高みを、我らは歩みの速度で追い続ける。

耐熱材料の実験は姉であるOREXが果たし、彼女は海に沈んだ。今度妹となるALFLEXは
自動着陸技術の実験に従事するのだそうだ。極超音速域での飛行データ収集の為の
1141秒が私の一生だけれども、その遺伝子は、データとしてHOPEの中に永遠に行き続け
るのだ。

うん、それでいいと思う。それで・・・。

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当時、夢の乗り物とされていたスペースシャトルは、日本でも国産化構想があ
り、その構想は無人機ながらも「HOPE((H-II Orbiting Plane )」として実際に
計画されて”いました”。

 このHOPEの実用化に必要な様々な要素技術開発の一環として、極超音速
域での飛行技術習得を目的に開発されたのが
HYFLEX(Hypersonic Flight Experiment/極超音速飛行実験)です。

 94年2月に行われたOREX(軌道再突入実験/Orbital pretty02参照)の耐熱
材料のデータを基に纏め上げられた彼女は、96年2月、J-1ロケットにより打ち
上げられました。タイムスケジュールから1秒の狂いも無く大気圏に突入した彼
女は、極超音速域での機体制御という日本技術陣にとっては全くの未経験であ
る分野の実験にも関わらず、関係者も驚くほどの精度で飛行を続け、12項目の
テレメトリーデータをきっちり2回送信して小笠原の海域に着水しました。

 しかし”日本初の再回収に成功した大気圏突入体”の栄誉を受けることなく、
彼女は我々の前から姿を消すことになります。回収船が迎えに行った先に、
HYFLEXの姿はありませんでした。彼女には海上での回収に備えて、浮き袋が装
備されていたのですが、いざ回収してみると浮き袋と彼女を繋ぐワイヤーが切れ
ていたのです。安全係数を十倍近くかけていたワイヤーでしたが、調査の結果、
傾いた彼女の体のエッジでワイヤーをこじって切断してしまったのだろうという
結論に達しました。

 マスコミは”実験機喪失=失敗”として大きく取り上げました。実のところ、計画
当初は機体の洋上回収は予定されていませんでした。計画の後半になってから、
回収機構は急遽追加されたもので、洋上回収とはNASDA側にとってはその程度
の認識ものでした。実際、機体回収によって得られる項目は14項目中2項目に
過ぎず、残り12項目のデータを取得できた今回の実験は十分に成功と言えるも
のだったのです。

 HYFLEXは自分の仕事が、失敗と酷評されている事実も知らぬまま、いまも
小笠原の海底に眠っています。なんともやるせない思いです

【memo】

彼女には3人の父がいます。この実験は宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙科学研究所
(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)の3機関合同によるもので、打ち上げに使用され
たJ-1ロケット自体も、H-Ⅱの固体ロケットブースターと宇宙研のM-3SIロケットの上段
部を組み合わせた新開発のロケットでした。

 彼女の耐熱タイルには、国内3社が開発に名乗りをあげ、3社がそれぞれ製作された
タイルが、混在して使われていました。

 ちなみにOREX、HYFLEX、ALFLEXのHOPE三姉妹は、それぞれ、オレックス、ハイフ
レックス、アルフレックスと呼ぶらしいです。hope計画は事実上中止となりましたが
現在はリフティングボディ形式の再突入船LIFLEX(ライフレックス)の研究が続けら
れているようです。

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