偉大なる天文学者の名を継いだ彼女は、木星を見下ろしながら地球からの
最後の命令を待っていた。彼女の最後の任務は自らの体を消し去ること。
折角、地球の外に”生命の海”を見つけたのだ。意思を持たなくなった自分の
体がエウロパに落っこちて、万が一海を汚してしまったら、全てが台無しになる。
探査対象を汚染することなく静かに消え去るのが、探査機としての最後のプライド。
最後のときが来た。彼女は1500人のNASAのミッションオペレータにお別れを
告げながら、徐々に高度を落とす。そこには、”大気”があった日の光の差さない
クリーンルームで生まれた彼女が、初めて触れる自然の大気だ。彼女は最後の
気力を振り絞って、自身の体を打ちのめしていく大気の力を、データとして地球に
送り続けた。
そして2003年9月22日午前4時、彼女の体は、
宇宙に恋した天文学者の魂と共に木星の大気に溶けた
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探査機ガリレオはNASAが建造した木星探査機。木星の軌道を周回しながら観測を行う彼女は、人類初の人工外惑星衛星ともなりました。1989年に打ち上げられて以降、彼女は8年に渡って、その豊富な観測機器と駆使して、木星の観測を続けました。
その生涯は栄光と波乱に満ちたもので、木星軌道に到達する前の1994年には、シューメーカー・レビ第9彗星の木星への衝突の観測し、衛星エウロパでは地球以外の生命体が生息している可能性を示唆する証拠となる”液体の水の海洋”を発見しました。旅路の途中ではガスプラを初めとする小惑星のクローズアップ写真の撮影にも成功していました。
彼女は大変に豪華かつタフな衛星で、搭載されていた高利得アンテナが故障して完全に開くことが出来ず、データの送信を低利得アンテナに依存しなければならない状況下で、想定の数倍にもなる強力な放射線に曝されながらも、計画の2年のミッションを完遂。その後も、セーフモードに落ちたりもしながらも推進剤が無くなるギリギリまで、2度の延長ミッションを行いました。
89年に地球を旅立ってから14年が経過した2003年9月、彼女にも最後のときがやってきます。寿命を迎えた彼女の亡骸が、衛星エウロパの海に落下して、”海”を汚染してしまう可能性を排除するため、NASAはまだコントロールが生きているうちに彼女を木星の大気に突入させて、彼女自身を”火葬”する方針を打ち出したのです。22日午前4時、予定通り木星の大気に突入した彼女は、体が消滅するその瞬間まで大気のデータを送り続け、そのドラマに満ちた生涯を終えました。
ちなみに彼女の名前はもちろん、イタリアの天文学者『ガリレオ・ガリレイ』から。『太陽中心説』を唱えていた彼は、晩年、異端の罪で終身刑(後に自宅謹慎となる)を科せられたまま、一生を終えました。自宅で監禁されたまま人生を終えた彼の魂も今、木星の大気となったのでした。