すっかり出遅れましたが今日はイプシロンについての解説を。まさか掲載が間に合ってしまうとは思いませんでした。
1:何を目指す?日本の小さなロケット
新型ロケット「イプシロン」。日本技術陣がほぼ20年振りに世に送り出す次世代の小型ロケットです。我が国では衛星打上げロケットのラインナップとして大型ロケットH-IIAとH-IIBしか保有しておらず、今回のイプシロンの登場によりようやく大小二種類のロケットが揃うことになります。
このロケットの特徴を一言で言うのなら・・・世代の違う新しいコンセプトを背負った、より宇宙に身近なロケット、といえるでしょうか。
イプシロンのすばらしさを説くにはまずはロケットとは何なのか、という点にまで立ち返らなくてはなりません。そもそもロケットとは宇宙空間に人工衛星を運ぶための乗り物。いわば分厚い空気の層を突っ切るための船で有りトラックです。
57年前のスプートニク1号打上げ成功を号砲として、先進国による軌道上への人工天体の打上げレースがスタート。それはロケットが安定するにつれて、誰が一番大きなモノを宇宙に打上げられるかという重量挙げレースへと変わっていきました。しかし世界初の衛星打上げから半世紀経った現在では更に次のステージへと変わりつつあります。それは、「人工衛星をいかに安く打上げられるか」というサービス競争。
発展途上国でも衛星を保有できるようになったことで、衛星打ち上げには世界中で一定の需要が存在します。その打上げをどの国のロケットが受注するのかがビジネスとなり、現在のロケットはどこまでユーザーに優しいのかがスペックの一つとして求められる様になったのです。つまりはロケットの宅配便化もしくは旅客機化とも言えます。
宅配便化した今のロケットに求められること。まず安いこと。安全である事。いつでも好きな時に打上げられること。揺れないこと。衛星のロケットへの据え付けが簡単であること。打ち上げ直前までロケットの中の衛星に触れること。正確な軌道に投入できること。デブリを出さないこと。燃料で環境を汚さないこと。etc・・・
イプシロンは日本の小型衛星打上げを担うばかりで無く、こうした世界のロケット打上げビジネスに参入することを強く意識したロケットです。
2:皆に優しい作りやすいロケット
イプシロンの機体はシンプルな固体燃料の3段式が基本形。安さ手軽さをモットーとするのであればもってこいの構成です。さらに出力調整が出来無い為に軌道投入精度が劣る固体式ロケットの弱点をカバーするために、オプションとして軌道修正用の液体エンジンを追加装備して精密な軌道投入を行うことも出来るようになっています。
ロケットの値段を抑えるためにロケットの一段目(一番下)は大型ロケットH-IIAの補助ブースターを転用。二段目三段目は世界最高効率の固体ロケットといわれたM-V(みゅーふぁいぶ)ロケットの改良型。発射台も同ロケットの射点に手を加えて無理矢理にイプシロン用としました。つまりこのロケットは三段有るエンジンが全て別のロケットの使い回しなのです。
それが何故、次世代のロケットと呼ばれているのか?それはこのロケットのコンセプトにあると言えます。”ロケットの旅客機化”と先ほど述べましたが、イプシロンには次世代ロケットに於いて必要とされる能力(つまり、安いとか安全とかいつでも打てるとか・・・)がピックアップされ、その要求に従って機体がまとめられています。
その何点かを具体的に見てみると、まず作りやすく使いやすいことを目指し、工場での製造工程から見直されました。例えばフェアリング(先っぽのカバー)はこれまでバラバラに作っていたのを一体成形化して組み立て工数と部品点数を大幅削減。フェアリング表面の断熱材はこれまでの吹きつけ塗装からシート貼り付け式に。さらにこのフェアリングは落下後、水に浮かぶことなく沈んでしまいます。これによってフェアリングの回収コストが不要となりました。
組み立て後のロケット打上前点検を自動化するため、今ではすっかり有名になってしまった人工知能「ROSE」が人間に代わり点検作業を受け持ちます。このROSEはいわゆる自己点検のみならず、様々なデータの傾向とそのデータベースから異常値を実際に出していなくても、機体の状態の良否を判断する能力を持つとされています(初号機から段階的に実装)。これで打上げ前点検が革命的に短縮され、人件費の大幅削減につながります。
こうしたユーザーフレンドリな設計コンセプトにより、これまで42日かかっていた現地での準備作業が7日に、管制室に詰めていた打ち上げ管制要員は100人が数人に、打上げ費用は1.8トン75億円が、1.2トン38億円にまで下がりました。
また射点改良により雨風にも強くなり、これまで以上に定時打ち上げが可能になるという話も(すべてM-Vロケットとの比較)。
そしてもう一つ特徴的なのがイプシロンの射点(打上げ台座)です。ロケットの轟音は、地面に跳ね返りロケットと衛星を破壊します。しかしこれを近年大幅に発達した数値流体力学技術によりシミュレーションを重ね、射点を大改修。結果、衛星に与える有害な振動を、振動が比較的少ないとされる液体ロケットレベルにまで低減することが出来ました(このことはお客さんが手間暇かけて振動に強い衛星をつくらなくて済むようになるので喜ばれます)。
3:長く考え小さくまとめた未来のロケット
計画初期には「安いだけで性能が悪く、使いにくい」と酷評されたイプシロンが、最終的に世界に誇れるコンセプトを持つロケットととして出来上がった要因の一つは幸か不幸か開発開始までの長い検討の時間にあると言えます。
その背景の色々なごたごたの説明は省きますが、イプシロン開発に於いては古い流儀にとらわれること無く、とにもかくにも全てがご破算になった状態からしっかりとコンセプトを洗い出せたことが良い結果につながっています。
エンジンなどの大きな要素は実績のある信頼の置ける部品を使いリスクとコストを下げる。一方でその要素の組み合わせに最新の技術と理論を組み込み、しかもそれを開発に自由度が効く小型固体ロケットとして小さくまとめる。その手堅さが今回の開発の鍵なのです。
イプシロンは初めから多段階の開発計画として進められていて、初号機では実装されていない機能も段階的に組み込まれて五号機前後で量産仕様(30億円、人工知能、2人管制等)になるとされています。
さらにイプシロンは中型ロケットレベルの打上げ能力を持つ、低コスト増強型の開発も検討されています。
イプシロンの成果は来年から開発が始まる大型ロケット「H-X」にも反映される予定で、絶えず新しい技術を取り込みながら今後20年以上にわたり日本の宇宙開発を支えていくことになります。
残念ながらイプシロンロケットは、先月末の打ち上げを中止して以来、現在も再打上げに向けて調整中という段階ではあるのですが、良い打ち上げが行われることを期待したいです。
8/27に実物を見てきました。(思わぬ幸運により宮原見学場に入る事が出来、思わぬ不運にそのまま格納されるイプシロンを)
やっぱりM-Ⅴより短いという印象が最初に浮かびましたが、そのコンパクトさが逆に頼もしくも感じたり。
あと斜め射ちの為のシークエンスが無くなってしまったのはさびしくもありましたが、ランチャーレールを滑り外れる際の衝撃も馬鹿にならない事を考えると、”Mロケットより性能が格段に増した”と古き良き思い出にとどめておく方が正しいんでしょうね。
(これを書いた日より)2日後には3度目の正直の打上が待っています。
14日は仕事の都合上、相模原での応援になりそうですが、開発期間を含めて長い時間を待たされた分素晴らしい打上になると信じて応援したいと思います!
投稿情報: 他称・失脚 | 2013/09/12 19:44
アメリカの民間開発ロケットの比較もあると良かった。あっちの方がコストでも進んでいるっぽいし。
投稿情報: ぽんた | 2013/09/06 09:28
タイトルで思わずガン○ム想像しましたw
衛星等の解説がすごく判りやすく読みやすいので、
イプシロンの話がいつでるだろうと楽しみにしていました。
以前内之浦イプシロン仕様に改修云々を何かの記事で見たとき
「…あのランチャー台作り変えるのかな…」
と内心楽しみにしていましたが、
ものの見事な嵩上げ状態なのには驚き通り越して笑ってしまいました。
(家人には変な目でみられました)
投稿情報: 日野 | 2013/09/05 20:45